
【本龍寺 由来】
当山の前身は広撰山承国寺と云う。濃州各務原郡鵜沼の城主大沢家の菩提寺である。第二十代霧ヶ城の城主大沢和泉守正吉の舎弟伊賀守正継。延徳二年三月(一四九〇年)に承国寺に入り、明応二年(一四九三年)蓮如上人に帰依するに至って、禅寺から浄土真宗末寺に転じ、永正十一年(一五一四年)実如上人より坊号を頂き西蔵坊と称し、同年八月尾州犬山余坂村小島の里に引寺、其の後慶長十四年(一六〇九年)四ツ屋「現寺内町」に移す。而して同年七月蓮如上人より本龍寺の名を賜り、今日に至るものなり。元丈四年(一七二九年)十一月十六日に、本堂以下全焼し、寛政二年(一七九〇年)十一月再建される。
当山の前身は広撰山承国寺。美濃州各務原郡鵜沼の城主大沢家の菩提寺です。
阿弥陀如来をご本尊とする、浄土真宗大谷派の寺院です。
梵鐘は広島平和悲願の鐘の制作者で知られる、人間国宝香取正彦氏による作成です。








